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神戸地方裁判所 平成9年(ワ)1263号 判決

原告

中矢潤平

被告

一瀬尊志

主文

一  被告は、原告に対し、七六三万〇八〇五円及びこれに対する平成五年三月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の求めた裁判

被告は、原告に対し、二二〇一万八七四九円及びこれに対する平成五年三月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負った原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

二  争いがない事実

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 平成五年三月二九日午後七時三〇分ころ

(二) 発生場所 神戸市ひよどり台三丁目六番二号棟前交差点

(三) 事故態様 被告が普通乗用自動車を運転して、前方の確認を十分しないまま、交通整理の行われている前記交差点の横断歩道上を漫然走行した結果、同所を歩行横断していた原告に被告運転車両を衝突させた。

2  責任原因

被告は、被告車両の運行供用者であるから、自賠法三条に基づき、本件事故により受傷した原告に生じた損害を賠償する責任がある。

また、被告は、本件事故に関して、前方不注視の過失があるから、民法七〇九条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  原告の後遺症

原告は、平成七年七月八日、左上腕骨頸部骨折、右骨盤骨折(股関節内)を残して症状固定と診断され、自賠法施行令二条別表後遺障害等級表一二級に該当する旨認定された。

二  争点

1  原告に生じた損害額―特に後遺障害による逸失利益

2  既払額及び損害填補の対象

第三争点に関する当事者の主張

一  争点1(原告に生じた損害額―特に後遺障害による逸失利益)について

1  原告の主張

原告が本件事故により被った損害は別紙損害計算表中の請求額欄記載のとおりである。

原告は、神戸拘置所に看守として勤務するものであるが、本件事故による後遺症として股関節に可動域制限と運動時の疼痛があるため、職務上の最重要課題である被収容者の管理に不適切である(万一逃走した場合に追いかけることができない)として、被収容者を外に出す一切の職務から外され、その職務に伴う特殊勤務手当を受けられず、減収となった。また、原告は拘置所内で被収容者と接する処遇部門に配属され、三階の被収容者を一階の面接室まで連行しなければならないが、階段の昇降にかなりの苦痛があって、時間がかかるため、上司から「連行が遅い。」と言われるなど不利益な評価を受けている。行事の際の物品運搬もできない。こうしたことから、特別昇給や昇級において不利益を受けていることは明らかである。

従って、原告に生じた後遺障害に因る逸失利益は、賃金センサスの平成七年度産業計全労働者計の年収五三九万一九〇〇円を用いて、喪失率一四パーセント、症状固定時の年齢三七歳に適用すべき新ホフマン係数一八・〇二九で計算された一三六〇万九四七九円である。

2  被告の主張

原告は本件事故による後遺症によって、その収入に現実に減収を生じていない。なお、原告の運動障害は軽微なものに過ぎず、拘置所内での内勤には全く支障はないから、労働能力の喪失という観点から考えても、逸失利益は認められない。

二  争点2(既払額及び損益相殺の対象)について

1  原告の主張

原告は、本件事故に関して、被告から、合計三七五万九四八八円の支払を受けた。

2  被告の主張

原告は、本件事故に関して、被告から、東京海上火災保険を介して合計五一一万〇三一八円を受け取った。

第四争点に対する判断

一  争点1(原告に生じた損害額)について

1  治療費

甲三の1ないし18によると、原告は、本件事故により、左上腕骨頸部骨折、右骨盤骨折(股関節内)、全身打撲の傷害を負い、松森病院に収容されて、事故当日の平成五年三月二九日から同年七月二四日まで一一八日間入院し、同月二六日から平成六年六月三日までの間に計一一〇日通院し、その一年余り後の翌七年七月四日に通院して、症状の診察を受け、同月八日付けで、症状に変化がなく固定したとの診断を受けたこと、この間、治療費として、松森病院に対する診療費三五九万二三一一円と薬局に対する調剤費五万〇六五八円との合計三六四万二九六九円を支出したことが認められる。

2  診断書料

甲五の1、2及び原告本人尋問の結果によると、原告が休業中の基本給の支給を得るため、あるいは復帰後の職務内容を決めるために、診断書を勤務先に提出する必要があって、その診断書料として合計二万九八七〇円を支出したことが認められる。

3  治療関係費

甲六の1ないし5、原告本人尋問の結果によると、原告は、平成五年七月二六日に杖を九一一五円で購入したことが認められ、原告の症状からして、杖は必要なものであったと認められる。原告は、タクシーに乗車して、杖を購入に赴いた旨供述して、その費用(甲六の2、3)をも請求するが、それを被告に負担させるのが相当であるとまでは言いがたいうえ、その相当額及び必要性については立証はない。甲六の2、3は、杖を購入した日付のタクシー代領収書であるが、金額が大きく異なる点で不自然でもあり、かつ、同日は松森病院に通院した日でもあって、後記のとおり、原告の通院費が自賠責保険から支払済であることからすると、重複している可能性もある。

また、原告本人尋問の結果によると、原告は、腕を吊るすための三角巾を三〇九円で購入したほか、ベッドの下に敷くエアーマットを購入したことが認められるところ、三角巾については、原告の傷からして、必要であったと認められるものの、エアーマットについては、その使用が医師の指示によること、あるいは原告の傷害に対して必要かつ相当であることについてはこれを認めるに足りる証拠はない。

よって、原告の主張する治療関係費のうち、杖代、三角巾代を除いては、本件事故と相当因果関係のある損害とまでは認められないから、治療関係費としては、杖及び三角巾の代金合計九四二四円の限度で認めることができるに止まる。

4  看護費用

原告は、看護費用として七一万七九六〇円を主張するところ、乙一によると、自賠責保険から同額が、「クワガタタネコ」なる人物に支払われていることが認められるから、右金額を看護費用として認めることができる。

5  入院雑費

前記のとおり、原告は本件受傷により一一八日間入院しているところ、その間に入院雑費としては、一日当たり一三〇〇円を認めるのが相当であるから、この点の損害額一五万三四〇〇円の主張は理由がある。

6  後遺障害逸失利益

甲九、一〇、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故当時から現在に至るまで、神戸拘置所において処遇部門処遇部に配属された看守として勤務していること、本件事故によって、平成五年三月三〇日から平成六年三月三一日まで(ただし平成五年八月三〇日から同年一〇月一五日までを除く)欠勤したが、通勤途上の事故として、欠勤扱いはされず、給与は減額されずに支給を受けたこと、本件事故による後遺症として、左肩関節と右股関節に運動制限があり、重いものを持つことができず、長距離の歩行に苦痛が伴うため、各種の仕事内容が制限され、現に肉体的に負担のかかる業務に従事するのが困難であることが認められる。

原告は、被収容者を外部に出す職務から外され、外部に連行する職務に給付される特殊勤務手当を得られず、減収となっている旨主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに副った部分があるが、具体的にどのような手当であり、負傷前に比して、どの程度減じられているのか、的確な立証がない。また、十分動けないために怠け者扱いされ、陰口を叩かれて、不利益な勤務評定を受けており、同期に採用された同僚と比べて月額一万円程度の収入差がある、とも供述するが、原告の甚だあいまいな推測に過ぎず、信用しがたい。

結局、原告は後遺障害のために勤務先での業務遂行に支障を来していることは認められるが、現実に収入の減少が生じているとは認めることができない。よって、右事情は慰謝料の算定事由として考慮するに止める。

7  慰謝料

原告は、入通院慰謝料と後遺障害慰謝料を別個に請求するが、ともに、原告が本件事故によって被った精神的苦痛を慰藉するためのものであるから、このような区別はせず、精神的苦痛に対する慰謝料として総合的に考慮するのが相当である。

そして、先に述べたとおり、原告は神戸拘置所に看守として勤務しているところ、その職務は、一般的事務職に比して、被収容者の連行や監視などデスクワーク以外の、身体を動かす作業が主であることから、本件事故による後遺障害のため従事することが不可能または非常に困難となる作業も少なくないと考えられ、現実の収入減少が認められなくとも、後遺障害が勤務に影響を及ぼすことも考慮すべきである。

そして、前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位・程度、入通院期間、その他、本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故によって原告に生じた精神的苦痛を慰藉するには、七〇〇万円をもって相当とする。

8  交通費

原告の主張する交通費の内訳は、原告本人の通院費一万八〇三〇円(甲七の1)と原告入院中の家族の通院費五万一五〇〇円である(甲七の2)。

このうち、原告本人の通院費とは、既に自賠責保険から通院費三七万五五〇〇円を受領したが、領収書がなかったために支払いを得られなかった一一回(片道)分、合計一万八〇三〇円を請求するものである、と言う。

けれども、右甲七の1によると、自宅から病院までの片道のタクシー代は、一四一〇円から一八六〇円の範囲にとどまっており(飛び抜けて高額の二二二〇円というものもあるが、何故このように大きなばらつきが出たのか、疑念が残るので、それを除く。)、平均一六三五円となるから、支払い済の交通費三七万五五〇〇円は、原告の通院回数合計一一一日分(一六三五円×二二二=三六万二九七〇円)を満たすものとして授受されたものと解するのが相当である。

次に家族の通院費については、原告の家族が合計五八回往復した、バス代またはタクシー代であると言う(甲七の2)。けれども、原告の看護には、前記のとおり、「クワガタタネコ」なる人物が看護人として従事したことが認められ、原告の家族(原告は未婚であるので、その両親)が成人である原告を看護するために通院する要があったと認めるに足りる証拠はなく、このような家族の見舞いの費用は、入院雑費において賄われるべき出費と言えるから、認容することはできない。

9  物損

原告は、本件事故によって、リュックサック、靴、腕時計を破損したとして、その代替品購入費用を損害として主張する。

けれども、原告本人尋問の結果によっても、ポケットに入れていたという腕時計を紛失したのが、本件事故によるものとは断定できない。

また、リュックサック、靴については、いずれも購入後一年ほど経ったものが損傷したというのであって(原告本人)、ほぼ同等であるという代替品の購入価格(二万二八六六円)のうち一万二〇〇〇円の限度で、本件事故による相当因果関係のある損害と認める。

二  争点2(既払額及び損害填補)について

乙一によると、本件事故の賠償金として、自賠責保険から原告に、五一一万〇三一八円が支払われたことが認められる。

もっとも、そのうち平成八年七月三一日に支払われた通院費三七万五五〇〇円については、原告が本訴では損害として主張していないので、損害填補の対象に含むべきではなく、これを除いた残額四七三万四八一八円が、右認容にかかる損害額合計一一五六万五六二三円に填補されたものとして控除すると、控除後の残額は、六八三万〇八〇五円となる。

三  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起遂行を原告訴訟代理人らに委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事故の内容、訴訟の経過及び認容額その他諸般の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある損害として八〇万円を認容することとする。

四  まとめ

以上のとおりであって、原告が請求しうる損害額は、合計七六三万〇八〇五円と認められる。

よって、右とそれに対する遅延損害金の限度で原告の請求は理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

(別紙) 損害計算表

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